ドローンの橋梁点検の裏側レポート
「最新ドローン完全攻略15」(コスミック出版)掲載記事1

無人機での調査を行うことで、危険な現場で作業する係員の安全性が確保され、人員や機材を抑制してコストを下げることができ、機材や情報処理ソフトの進化により処理時間の短縮を実現するなど、ドローンの活用する機会はますます増えている。そこでプロのパイロットにどのような能力や技量が求められるのか、橋梁点検を例にとり、UAV機体プロパイロットの中村一徳氏が解説する。

はじめに

 こんにちは、中村一徳です。埼玉県の秩父地方でドローン操縦の代行や機体制作、プロパイロット育成、企業向けドローン導入のコンサルティングなどを行っています。

 今回は、橋の点検の仕事についてお話します。ちなみに、私たちプロはドローンのことを「無人航空機」という意味の“UAV(Unmanned Aerial Vehicle)”と呼んでいます。しかし、一般的にはドローンと呼ばれ、広く認知されていることもあり、この記事でもなるべくドローンという呼び名でお話します。

 橋の点検では、一般的に専用の重機が使用されます。橋の上から下に向かって、重機がアームを伸ばし、検査員が点検を行います。この点検方法には問題があって、幅の広い橋の場合ですと、裏側の中央までアームが届かないことがあります。そのときは大きな足場を組むか、そこまで検査員が、まるでスパイダーマンのように進んで確認するしかありません。このように、これまで橋の中央の裏側を見ることは大変難しかったのです。

 また、ヒビ割れを点検する際には、コンクリート部分に紙を敷いて、上からこすってヒビを写し取る作業があります。これは全部手作業ですから、考えただけでもすごい作業量です。実際、ドローン操縦を教えている生徒の中に、そうした仕事に携わっている方がいます。聞くと、やはり相当大変とのことです。

 しかし、ドローンを使えば、より早く、より安全に、様々な橋の箇所が点検できます。例えば、これまで橋と橋脚の境目の点検は難しいポイントでしたが、ドローンなら飛ばして撮って終わりです。かなりの時間や労力、費用が短縮できます。そのことをもっと多くの人が知れば、点検作業中の怪我や事故も減るはずです。

 そこで今回は、ドローンによる橋の点検を取り上げてみます。先日、ある町の依頼で3つの橋を点検しました。そのときの様子とともに、プロのパイロットは何を考え、どのように仕事を遂行しているのかをお伝えします。

 橋の点検は、簡単そうに見えて実に難しい仕事です。現場を知るものでないと分からない、さまざまな知識が必要です。また「遠隔操縦」の技術も要求され、気をつけるべき危険なこともたくさんあります。それでは、一つひとつ見ていきましょう。

「1つ目の橋の点検」
これを知らないと点検作業はできない

橋梁点検に限らずドローンの仕事では墜落厳禁。構造物に当たれば、高価な機体が落ちて破損・水没することになり、同時に信用も落としてしまう。
橋梁点検に限らずドローンの仕事では墜落厳禁。構造物に当たれば、高価な機体が落ちて破損・水没することになり、同時に信用も落としてしまう。

この点検では、GPSが入らないことを想定し、FPV機を使いました。FPV機で一通り撮影したら、専用の解析ソフトにかけてヒビ割れをチェックします。現場では、クライアントの用意した機体を飛ばすこともありますから、さまざまな機体の知識が必要です。

 ここでは、橋と脚のつなぎ目を重点的に点検しました。まずはコンクリートの周りを撮影し、ヒビ割れがないかをチェックします。老朽化している箇所は近くで見ないと分かりませんし、まんべんなく周りを見る必要があります。

 この点検ではFPV(First Person View/搭載カメラによる一人称視点を利用して操縦する)機を使いました。使った機首は「DJI FPV」。この機体があれば、ドローンのカメラの映像を、ゴーグル越しに見ながら操縦できます。まるで肉眼で見ているかのように確認できるため、点検の仕事にFPV機は重宝します。

 FPV機を操縦するときは必ず助手を付けます。なぜなら、目視外飛行となるため、操縦者は機体そのものを見られないからです。安全のためには、機体を見ている人が必要となります。例えば、助手に「あと50cm上昇できます」「そのまま2m進むと壁があります」などと教えてもらいます。助手の補助とFPV映像の両方を確認し、自分で判断して操縦をします。

FPVで操縦するときは、ゴーグルを見ながら操縦することになるので、助手の存在は必要不可欠。助手には、機体を注視せずとも、その周囲を確認して明確な言葉で的確な指示を出せるスキルが要求される。
FPVで操縦するときは、ゴーグルを見ながら操縦することになるので、助手の存在は必要不可欠。助手には、機体を注視せずとも、その周囲を確認して明確な言葉で的確な指示を出せるスキルが要求される。

 実際の現場では、1人でドローンを操縦することは少なく、クライアントが用意したパイロットやスタッフと、その場で組んで業務を行うことが多々あります。そういうときは、自分が操縦者になることもあれば、助手になることもあります。ですから、初めて組む相手でも自分の欲しい情報を的確に求め、相手が欲している情報を的確に与えることが大切です。それには高いコミュニケーション能力が必要となります。ドローンの仕事は、操縦技術だけではできません。

 この検査でFPV機を選んだ理由は、GPSが入らないことを想定していたからです。橋の点検では、GPSが入らない、突然切れるといったことがよくあります。そのため機体を水平に保ち、安定させるビジョン・ポジショニングという機能が、前方と下方に装備されている機体を選びました。

 一般的な機体では、ビジョン・ポジショニングが下方のみ装備されていますが、この機体は前方にもあるため、より機体位置を把握する精度が高まります。とはいえ、ビジョン・ポジショニングも完全無欠ではありません。設定を間違えると不安定になり、逆に危険です。だからこそ、機体の性能に頼るのではなく、GPSや各種デバイスのアシストのない状態でも、きちんと“マニュアル(手動)”で安全かつ正確に操縦できなければなりません。そうした技術力が最も大切になります。

 そうして一通り点検ができたら、撮影した画像データを専用のパソコンソフトで解析します。点検用のソフトで解析すると、自動的にヒビ割れの箇所を出してくれます。どこにどんなヒビがあるか、一目瞭然です。ただし、優れたソフトがあっても入力するデータが悪ければ良い結果は得られません。きちんとしたデータを取るには、適切な機体選びと正確な操縦が必要です。テクノロジーが進化しても、結局は人の腕次第というわけですね。

 実際の現場では、クライアントが用意した機体を飛ばすことも多々あります。今回のFPV機もそうでした。慣れ親しんだ機体が1台あればすべての仕事ができるかといえば、そうではないのです。だからこそ、プロパイロットはあらゆる機体をまんべんなく飛行させられないといけません。

 そのため、現場の状況に合わせた機体選びができなければなりません。例えば、「この機体はこういう性能があるから、こういう飛ばし方ができる」「この機体はここが強みだから、こういうときに使える」といった知識と応用力が必要です。また、「風が強くなってきたから、今度はこの機体を使おう」というように、柔軟な選択も求められます。腕が良ければ仕事がもらえる世界ではありません。

 実際、この世界、腕のよいパイロットは結構いらっしゃいます。しかし、今の日本のあちこちでドローンが飛んでいないのは、仕事で飛ばせるパイロットが少ないからです。実車の世界でも、良いクルマに乗れば誰でもレースで優勝できるかといえば、そうではありませんよね。ましてや現場では、墜落や事故は絶対にNGです。機体に関する抱負な知識、優れた操縦経験と判断力が重要。それがドローンの仕事に必要な要素なのです。

「2つ目の橋の点検」
橋の点検に必須の「遠隔操縦力」

高さのある橋の点検は、機体を縦に移動させながら撮影し、コンクリート部分にヒビ割れがないかを地道に確認していく。
高さのある橋の点検は、機体を縦に移動させながら撮影し、コンクリート部分にヒビ割れがないかを地道に確認していく。

プロは「自動航行」だけに頼らず、「マニュアル(手動)」でも操縦します。橋の点検では、風を考えながらマニュアル操縦しなければなりません。一見、簡単そうに見える点検時の操縦も、実際は難しいです。

 私たちドローン・プロパイロットは、点検作業をするときも、基本的には自動航行だけではなく、主に“マニュアル(手動)”で操縦します。一般的には、まだまだ“オートマチック(全自動)”。スイッチ一つで自動航行という認識があるようです。しかし、それは間違いです。現場では強風や入り組んだ地形、鳥の襲撃など、さまざまな不確定要素があります。そのため、いつでも自動航行だけで済むというわけにはいかず、必ずマニュアル操縦が必要になります。そうでないと、安全・正確なデータ取りはできません。

 今回も、完全にマニュアル操縦で点検しました。使った機体は「DJI Mavic 2 Pro」です。この機体を一定の速度で上昇させながら、点検箇所を撮影していきます。シャッターは2秒に1回のペースで自動に切れます。シャッターの切れるタイミングをうまく合わせながら、1枚1枚の画像が重なるように撮っていきます。これも技術がないと難しい操縦です。

 橋の点検中は、風向きや強さを計算しながら操縦しなければなりません。橋の下は、けっこう風が吹いています。それも、ただの風ではなく、巻いた風が吹きます。このときも強い風が吹いていたため、機体が橋の側面に押しつけられそうになりました。何も知らずに飛ばすと、機体がコンクリートにバーンとぶつかって落下し、水没します。私も3回ほど、ヒヤッとした瞬間がありました。場数をこなしていても、風だけは不確定要素なので、怖い瞬間はいくらでも体験します。

 橋の点検は一見、簡単そうに見えるかもしれませんが、現場の人間は難しいことを知っています。まず橋は高さがあるため、上に行くほど機体が見えなくなります。高い遠隔操作能力が求められます。また先ほどもお話したように、橋の周りはGPSがよく切れます。GPSが切れたら、機体は安定せずフラフラします。このときの機体は、ビジョン・ポジショニングも10mまでしか効きません。高くまで行くと、GPS以外に安定させる術がなくなります。このため、離れた機体をいかに安定して飛ばせるか、という技術も求められるのです。

 遠くの機体を安定して飛ばすには、“遠隔操縦能力”を身に付けるしかありません。そのためには、例えば2階建て以上の施設内でFPV機を飛ばすのも良い練習になります。私がよくやるのは、ゴーグルの映像だけを見ながら、施設の内外を飛ばす方法です。まず機体を1階の各部屋に出入りさせ、次に2階まで行って同じことをします。そして、入口まで戻って外へ出る。外では施設の周りを飛行させ、気になる箇所を点検。そして、別の入口から施設内に入り、天井などを点検する。最後は、自分がいるところまで戻ってくる。このような練習をよくやっています。最近、町の大きな施設を借りられたので、私が主催する「ドローン・プロパイロット養成講座」では、そうした練習ができるようになりました。この練習方法は遠隔操縦の力が身に付くため、とてもオススメです。皆さんも、近くに適した施設があれば、ぜひチャレンジしてみてください。

「3つ目の橋の点検」
気をつけるべき危険なこと

橋の点検では、正しい検査結果を得るために、機体を一定の速度、一定の距離、一定の位置を保ちつつ飛ばしてデータ入手する技術が要求される。そのためには普段から現場を意識した練習が重要だ。
橋の点検では、正しい検査結果を得るために、機体を一定の速度、一定の距離、一定の位置を保ちつつ飛ばしてデータ入手する技術が要求される。そのためには普段から現場を意識した練習が重要だ。

この点検では、2種類の機体を使いました。一つは橋の全体像を撮るための機体。もう一つは橋の側面や壁面を点検するための機体です。正確なデータ取りには、一定を保った飛行が重要。飛ばすときに気をつけなければならないことは多々あります。

 まずは橋の全体像を撮るため、「DJI Phantom 4 Pro」を自動航行させ、撮影しました。自動航行のプログラムは、その現場の状況に合わせて設定しています。そうしなければ安全・正確に自動で飛ばないからです。狙った飛行ルートが多少ずれてもよい場面では、自動航行をさせます。逆に、正確さが求められる場面ではマニュアル(手動)で操縦します。

 次に「DJI Mavic 2 Pro」をマニュアル操縦し、橋を点検しました。橋の側面の点検では、橋と機体の間隔を一定に保ち、一定の速度で平行に移動させます。その後は、橋の壁面を点検しました。向かって左上から右に横移動、端部で下降。続いて左に横移動して端部で下に。これを繰り返して、つづら折りに飛行させて点検していきます。この橋は高さがないため、もしGPSが切れてもビジョン・ポジショニングが効きますから、機体が不安定になることはありません。

点検の際には、目的に応じた機体選びが重要になる。画像は、機体を飛ばす前の『FreaksGarage』の生徒。この生徒は現在プロとして活躍中だ。
点検の際には、目的に応じた機体選びが重要になる。画像は、機体を飛ばす前の『FreaksGarage』の生徒。この生徒は現在プロとして活躍中だ。

 橋の点検中に正確なデータを取るには、「一定を保つ」飛行、つまり等速や水平の安定、距離感の維持などが重要です。正確なデータが取れないと、いくら性能の良いソフトで解析しても使えない結果が出てくるだけです。解析のことまで考えて点検します。ただ飛ばせばいいわけではないのが、ドローンの仕事です。

 橋の点検で気をつけることはいくつかあります。例えば、どういう角度で飛ばすとヒビ割れが見つけやすいかは、そのときどきで変わってきます。その際、橋にぶつけないよう慎重に飛ばすことも大切です。また、おかしな流れの風が吹くこともあります。風に流されてコンクリートにぶつかれば、何十万円もする機体が落下して水没します。それがクライアントの機体なら信用に関わってきます。あとは、GPSが入るか入らないかです。

 橋の点検ではありませんが、山のがけ崩れを調査する案件では、80%以上の確率でGPSが入りません。なぜなら山の斜面が迫っていたり、木々が生い茂っていたりするからです。だからこそ、事前にフライトプランをしっかり考えなければなりません。

 いざ現場で、機体を一定にかつ慎重に飛ばすには、繰り返しになりますが「さまざまな機体を飛ばす」経験が必要です。機体によって、ラダーやエルロンの効き方も違います。エレベーターやスロットルのクセも違います。機体の大きさや重さによっても動きが変わります。Mavic系やPhantom系のDJI機と、軸間が2m以上ある大型機とでは、旋回する感覚やブレーキの効き方などが全く異なります。そうしたことを把握していないと、飛行中に何かあった際の緊急回避が難しくなります。ましてや、プロのパイロットならクライアントから渡された初めての機体でも、そつなく飛ばさなければなりません。これらの違いを瞬時に把握し、瞬間的な判断をしながら飛行させる。それがドローンのプロパイロットに求められる条件なのです。

最後に

 今回はドローンによる橋梁点検を取り上げてみましたが、いかがでしょうか? 橋梁点検は簡単ではありません。しかし、現場をよく知る人間のアドバイスをもとに準備し、慎重な飛行を実施すれば怖くはありません。また、遠隔操縦力を高めれば、正確なデータが取れ、クライアントに満足してもらえます。これから、こうした仕事が日本でも増えていきます。まずはそのことを知っていただけたのであれば幸いです。ここまでお読みいただき、ありがとうございました。